幽霊犬の備忘録

某市の職員。政治学を齧りジェンダーや経済思想に関心。

ふるさと納税の問題点(嶋田暁文氏論文への補足)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/chihoujichifukuoka/69/0/69_95/_pdf/-char/ja

 

嶋田暁文氏のこの論文は、ふるさと納税の沿革や問題点等についてかなり網羅的に書かれていて、とても参考になる。断片的にしか知らなかったことが全体として理解できた。

 

今回は、地方自治体で働く「中の人」として、何点か、付け加えたい点について書く。

 

まず、論文では、ふるさと納税の「問題点」が挙げられているが、自治体職員のマンパワー及び人件費の問題について述べたい。

 

もともと行革の流れでマンパワー・人件費には余裕が無く、更に現在はコロナ対応という非常事態の中で、人は足りない。

そんな中、ふるさと納税関連業務に少なからぬ人的コストが割かれており、この状況は決して肯定できないのではないか。

自治体によっても変わってくるが、ふるさと納税関連業務は以下のように非常に多岐にわたっており、人件費は決して安くない。

 

(1)返礼品拡充関連業務

自治体の側から企業等に営業をかける

②公募で提案があったものを審査する

③返礼品を企業等と共同開発する

等の手法が考えられるが、いずれにしても楽な業務ではない。

場合によっては、ふるさと納税制度の担当部局(総務系、企画系が多い印象)だけではなく、農林水産、商工、観光といった様々なセクションの関りが必要になってくる(特に①や③)。

 

(2)寄付受入先調整業務

ふるさと納税の「使い道」は様々である。環境、経済、福祉、医療、文化、動物愛護、まちづくり、etc.。まさにあらゆる事業が対象になり得る(特定の事業に紐付けしない寄付も可能)。これらの部署において「基金」を管理する業務や、種種の調整作業が必要になってくる(例えば寄付金の使途についての説明資料作成など)。

 

(3)寄付受入実務

実際に寄付を受け入れる業務はもっとも大変な業務の1つだろう。ワンストップ特例制度等により手続きが簡略化されている部分があるとはいえ、書類の内容確認や補正、添付書類との突合などの実務が発生する。書類に不備があれば修正のためのやり取りが必要だし、個人情報の管理にも気を遣う。中には「通販」感覚で返礼品にクレームが入るケースもあるようで(ひどい場合だと、思ってたものと違うから金を返せ、とか)、まさにブルシットである。

自治体によっては職員だけでは賄いきれずに委託するケースもあるが。委託については後述。

 

(4)PR業務

寄付集めには、PRも欠かせない。新聞、テレビ、ネット、街中のサイネージ、催事といったあらゆる場面でPRを行っていくことになる。もちろん、デザインや企画等、広告代理店等の力を借りるケースが大半だろうが、それでも大変な仕事である。

厄介なのは、ふるさと納税は、住民以外から寄付集めが中心のため、既存の住民向け広報媒体は無意味であり、新たな媒体を見つけるところから始めなければいかないということだ。なお、日本全国へのPRであり、他自治体も同様にPR合戦をするので、コスパが非常に悪いPRになってしまいがちだ。

(移住定住の促進PRも同様の構図)

なお、(1)や(3)で関わった各所管課は、このPRにも関わることがある。

 

(5)控除関連業務

そして見逃してはいけないのが「自分の所得だと、いくらまでなら、ふるさと納税した分の控除が受けられるのか」という「ふるさと納税の上限額」への問い合わせに対応する業務だ。上限額は、寄附をしたい自治体ではなく、自分が住んでいる自治体の税務担当部署でないと答えられない。特に、ふるさと納税の「タイムリミット」が近づく年末に、この問い合わせは増える。私は税務の経験がなく詳細は知らないのだが、年収だけではなく、家族構成や他控除等も含めて複雑な計算をしたうえで上限額が決まるため、上限額を正確に答えるのは楽ではないと聞く。

そもそも「ふるさと納税をしたい」という住民は「自分が住んでいる自治体への納税額を寄付先の自治体へ移したい」と言っているに等しいわけで「きっちり税を納めさせる」ことを目的とする税務担当部署が、こんな相談を受けなければならないこと自体が、ブルシットと言わざるを得ない。1~4に比べれば、業務のボリュームとしてはそこまで大きくないのかもしれないが、質的には最もブルシットなのではないかと思う。

 

思いつく限り書き出したが、きっともっと色々な業務が発生している。

ふるさと納税制度は地方議員の関心も高く、おそらく、多くの自治体で議会・質問案件にもなっているだろう。議員のスタンスも「そもそも制度自体の見直しを国に迫れ」というものから「もっと拡充しろ(返礼品を充実させろ、PRをもっと頑張れ)」というものから、色々とありそうだ。それらに対応するのも、決して楽ではない。

 

保健所の業務負担が取り沙汰される中、これらの業務にリソースを割かなければいけない状況は、悲劇である。

(かと言って、黙って指を咥えて何もしなければ、税が流出していくだけだし、議会からも「きちんと充実させろ」と批判されることになるのだが)

 

 


思ったより長くなったため、続きはまた別記事で書こうかな。